2021年5月15日(土) 1050回
<自分の人生に責任を持つ>
「人生の大則」より抜粋 その1
藤尾秀昭著 より引用
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致知出版社 藤尾社長の言葉である。
目まぐるしい変化の時代である。永久に変わらないものなどない、と思いがちである。だが、絶対不変の真理は厳然としてある。
その第一は、「人は必ず死ぬ」ということである。
この世に生まれて滅しないものはいない。いまここにいる人で、50年後に生きている人はいるだろうが、100年後も生きている人はいない。
第二は、「自分の人生は自分しか生きられない」ということである。幼子が病気で苦しんでいる。親は自分が代わってやりたいと思う。だが、代わることはできない。その人の人生はその人以外には生きることができないのだ。
第三は、「人生は一回限りである」ということ。人生にリハーサルはない。また。再演することもできない。
そして最後に、第四は、「この悠久の宇宙において自分という存在はたった一人しかいない」ということである。過去にも未来にも自分と同じ人間は生まれていないし、これからも生まれてこない。自分は、広大無辺の時空の中で、たった一つの、たった一回しかない命を生きている存在なのである。
これは、地球上に人類が誕生して以来の不変の真理である。この事実を真に受け止める時、深い感動が湧き上がってくる。私たちは図らずして、奇跡のような命を、いま生きているのだ。このかけがえのない命をどう生きるか。そこに人生の道標が要る。古来、幾多の聖賢がその道標を私たちに示してくれている。
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実に心に響くお言葉です。自分の命をどのように使っているのか。命とは時間である。少なくとも、この瞬間にも「死」に一歩一歩と近づいていることは間違いのない事実である。そのことさえも気づかないままに毎日をダラダラと過ごしている自分がいないだろうか。反省しきりである。命は時間ということを肝に銘じて、充実した毎日を過ごしていきたいものである。
自分という人間は、自分の考えを間違っているとは思いたくないのである。あらゆる理由づけをして正当化していく、そして、捏造し正義を振りかざしていくのである。実に醜い自分がいるわけです。自分の中の「悪」とどのように向き合っていくのか、これこそが、人間力を高めていく根本ではないだろうか。
そのためにどう生きるかを『致知』が教えてくれている。道標となってくれている。
一年後の自分、5年後、10年後の“自分の人生のステージ”を上げて、充実した人生を生きるためにいま学ぶのである。他人との比較ではない、自分である。
もし、一年前の自分を振り返り、成長の実感がないとすれば、それは一日の過ごし方を見直すべきである。人生は一回限りである。その人生をどう生きるかは、その人の責任であると思う。