2017年1月2日(月) 838/1000
<側に誰がいるか>
皆さん、おはようございます。
修養訓(致知出版社)
「命を知り命を立てる」より引用
著者:藤尾秀昭氏
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人は誰でもそれぞれに、天から与えられた素質能力がある。これを「命(めい)」という。自分はどういう命を与えられているのか。それを知ることが「知命(ちめい)」である。知って、それを完全に発揮していくことが「立命(りつめい)」であるーーー安岡正篤師の言葉である。
人生の目的を語って、極めて明快である。人は何のために生きるのか。命を知り、命を立てるためだ、という教えである。
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人間一人ひとり、顔が違うように能力もまったく違う。僕にノーベル賞をとれるほどの能力があったらなぁ、と思うのですが、それはありえませんね。そんなことを神さまは求めていないとも思うしね。でも、どんな人にでも生きるための役割があると思いたいのです。
生きるということには、目的があって、それを達成するために人生がある。ということだといいますが、そのようなことは、すっかり忘れちゃっているし誰も教えてくれません。それじゃぁ、気づく以外に方法がないようです。
でも多くの場合、日常生活において、不平不満、怠惰、娯楽に明け暮れ、気づくどころか、迷走してしまっている。そして気づかぬまま、寿命が尽きるというのです。
一人ひとりに人生の使命や役割があるっているのは、なんとなく分かるんですが、それじゃぁ、どうやって気づけばいいんだろうか。
僕が思うには、目の前の現実をよく見ることなんじゃないかと思うんです。誰と一緒にいるのか、そこに誰がいるのか、どんな会社で働いているのか。これはとっても重要なことだと思うんです。偶然ではなく何かの力を感じたいわけです。その方が素直になれると思うんですよ。
仕事に打ち込んでいくと、ふっと、天から「気づき」が降ってくるんじゃないかと思えたりします。凡人の僕には、目の前の仕事を一所懸命にやることしかできませんが、気づくアンテナの感度を高めていきたいです。