2016年12月14日(水) 819/1000
<命を大切にすること>
皆さんおはようございます。
修養訓(致知出版社)
著者:藤尾秀昭氏
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自分がここにいるのは両親がいるからであり、その両親にもそれぞれ両親があり、それが連綿と続いて、いま自分はここにいる。どこかで組み合わせが変わっていたら、あるいは途絶えていたら、自分はここにいない。
自分の命は自分のものではない。すべて与えられたものだ。その自覚こそ、自分の花を咲かせる土壌になる。
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僕には両親がいる。両親にも両親がいる。その両親にもまた両親がいる。どこまで遡っていけるのだろうかと、考えると果てしなく長い年月を経ていま自分がここにいるということになる。
それを考えると、与えられた命という時間を精一杯に生きていかねば、繋いでくださったご先祖さまに顔向けができないと考えるのです。
でも日常生活を振り返ると、「まぁ、いいか」、「しょうがないよね」という妥協と諦めの中にいる自分に気づくんです。これでは、三世代先の子孫に何を残していけるのだろうかと考えてしまいます。
そう考えると、「生きていく」というのは簡単ではない。毎日を淡々と繰り返しているのでは進歩がない。まずは今置かれている環境に十分に感謝することであると思えています。
僕自身が会社を創業するなんて勇気も実力もない。しかし、ご先祖様から受け継いだもの、導かれた縁によって今があると考えて、社長としての役割を全うしていくことこそが、悠久の時を超え脈々と受け継がれてきた命を大切にすることではないだろうか。