2017年5月31日(水) 987/1000
<わが人生に悔いなし>
皆さん、おはようございます。
「サラリーマンと経営者の心得」 新世書房 より抜粋 その1
著者:丸山敏雄氏
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職業につくのは「食うためだ」と思われているのは、「食わんがための働き」という勤労意識の逆行から来ている。仕事をするのは、食うためではない。もし食うためであったら、ただ食うだけの仕事をして、あとは休めばよい。ただ食うためだけのことなら、鳥獣でさえ、よくこれをしているではないか。
人間は、食うために生まれたのではない。己の天性をあらん限り高め伸ばして、人生をよりよき世界に築き上げていく貴い働きをするために生きているのである。
「ただ食うために」というような、牛馬とあまりちがわぬ心持ちで生きている人ばかりであったら、人類には文化はなく、進歩向上はない。
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「何のために働くのか」という質問をされれば、大方「生活のため」という返答でしょう。ご多分に漏れず、僕もその一人であります。でも生活の糧を得るためだけと考えてしまえば、丸山さんがおっしゃるとおりであります。現実には、趣味をしたり、家族と旅行にいったりして、人生を謳歌しようとしているわけです。だから、働くことは、「人生を楽しくするため」と言い換えれるかもしれません。
では、「人生を楽しく」ということを深堀りしたいのであります。これが難しいと言いますか、課題なのです。言い換えますと、人生80年という時間を後悔なく使い切ることであると考えたいわけです。「人生を楽しく」というのは、やりたい趣味をやったり、旅行に行ったりと、様々ありますが、これは何かに没頭している時のちょっとした気分転換と言いますか、視野を広める時間と捉えたいわけです。
人生には限りがあるわけですが、過去の後悔は今更どうにもなるわけでもありません。今を生きているということは、人生の残された時間があるわけですから、そこに希望を持ちたいのです。ですから、「人生を楽しく」とは、その残された時間を如何に生きるかにかかっているんじゃないだろうか。でも、そんな大げさなことを言ったとしても、分かる由もありません。
でも、よくよく考えると、生きる上で多くの時間を仕事に使っているということに気づくのであります。ということは、「どのように働くか」ということを突き詰めていけば、「人生を楽しくする」ということになるんじゃないかと思えるんです。
堂々巡りになってしまいましたが、石原裕次郎の♪歌♪にあるように「わが人生に悔いなし」と言って逝きたいものです。
亡くなった父は、よくカラオケで石原裕次郎の歌を歌っていました。けっこう上手でした。