2016年8月1日(月) 684/1000
<一日は一生の縮図>
皆さんおはようございます。
「なんのために働くのか」(致知出版社)より抜粋 その21
著者:北尾吉孝氏
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生命に対する哀惜の念を持って生きていたとしても、人間は確実に死んでいきます。だからこそ、人生をどう生きるか、この貴重な時間をどう使うかを考えないといけないのです。まさに森先生の言われる「人生二度なし」です。
一日は一生の縮図、一刹那(せつな)一刹那、一瞬間一瞬間、これの積み重ねが一日になり、一日の積み重ねが一か月になり一年になり、そして一生になる。そう考えると、この刹那刹那も無駄にはできないと思うのです。
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40歳までは、「死」というものをあまり意識はしたことはなかったのですが、最近は鏡に映しだされた自分の顔を見ると、「老けたなぁ!」と思うのです。53歳であれば当然といえば当然。そうなると、人生80年とすれば、元気で働けるまでの時間はそれほどありません。
そのように考えると、本当に時間を無駄にしてはいかん、という意識になるのです。毎日の小さな努力の積み重ね、それを支える生活習慣、経営者としてやるべきことを考えると、一日一日が勝負で、その一日がいかに大切であるかと考えさせられてしまう。 取り戻すことができない過去の時間を考えるよりも、残された時間をいかに使いきるか、と考えた方が生きがいが生まれてくる。「一日は一生の縮図」という言葉を胸に刻もう。 一度の人生である。思いっきりやっていこうと思います。
過日、浜松西倫理法人会のモーニングセミナーで湖西市の三上市長の講和頂いた。タイトルは「社長の仕事」。社長は未来を見る力が必要である。そのためには、「ひらめき」が必要である。では、その「ひらめき」は、どのように生まれてくるかといえば、「神様に好かれた者」に天から降りてくるのではないか、とおっしゃいました。この話をお聞きして共感しました。
神様に好かれるための一つに「時間を大切にする」ということもあると思うのです。なぜなら、命も時間も神様が与えているからです。