2017年5月7日(日) 963/1000
<正義感を振り回さない>
皆さん、おはようございます。
「努力ゼロの幸福論」大和書房 その14
著者:小林正観氏
******************************************************************************************
人間が怒ったり、腹を立てたりするのは、どこからくるのかというと「正義感」から生じていることが多いようです。
自分が正しくて、相手が間違っていると思ったときに人は腹を立てる。相手を追求したくて、非を認めさせようと思って「正義感」を振りかざして怒っているのですが、実は誰よりも腹を立てている自分が損をする仕組みになっています。損得勘定でいうと、あまりプラスにならないことを一生懸命やっている。
キリストの言葉にこのようなものがあります。
「裁く者は裁かれる。裁かぬ者は裁かれない。許す者は許される。許さぬ者は許されない」投げかけたものが返ってくる。投げかけたものが自分のまわりを取り囲んでいます。
私は、これまで、「人格者」の勉強をしてきた結果、最後まで残る「怒り」「憎しみ」という感情は、「正義感」から発生するものであるらしい、ということがわかってきました。
「人格者」というのは、正しさを「正義感」でもって振り回している人のことではありません。真の「人格者」とは、どんな状況であっても、腹を立てない、怒らない、イライラしない。常に「ありがとう」を言い、常に出てくる言葉が肯定的であり、常に言動で人を和らげ、穏やかにすることができる。同時に、トイレ掃除、水回りをとことんきれいにすることをただひたすらにやり続けている「実践者」のことです。
この実践をしている人は、ひたすら実践を重ねた結果100点満点に近づいていきます。100点満点になると、どんなことが起きても怒らなくなるので、そういう点で自分がいちばんラクになる。
ただひとつだけ注意が必要です。
この100点満点になると2点ほど手前の、98点のところに落とし穴があるのです。「私はこれほど正しい人になり、これほど人格を磨いたのに、なぜほかの人はそうならないのか」という落とし穴です。
「自分はちゃんとしているのに、ほかの人はちゃんとしていないじゃないか」と、ほかの人を糾弾(きゅうだん)しはじめたとたん、後ちょっとで「人格者」になったにもかかわらず、「怒り」「憎しみ」の感情が沸き起こり、ストーンと落ちてしまう。
ある段階までこなければよかったのに、レベルが高くなったがゆえに、「正義感」というものが頭をもたげ、結果として、ちゃんとしていない人に「怒り」「憎しみ」の感情を抱くようになってしまうのです。
「怒り」「憎しみ」という感情を振り回せば、当然、自分にも返ってきます。ですから、「宇宙の法則」で見るととても損。したがって、あまり「正しい人」にならないほうがいいようです。「正義」や「使命」を自分の中に感じ、自分に課して生きていくのはいいのですが、周囲の人に振り回すととても迷惑だし、自分にとっても損なのです。
「正しい」ではなく、それをやることが「楽しい」のかどうかという価値基準でいると、今までにない、楽しく、幸せで心穏やかな時間が待っているかもしれません。
******************************************************************************************
僕は結構、「正義感」が強いほうだと思うんです。でも小林さんが言うには、そういう人には、「怒り」「憎しみ」という感情が多いということになります。相手を見下したり、上から目線であったり、なんとなく嫌味な人であったりと、知らず知らずのうちに相手に対して不愉快な思いをさせていたかもしれません。これではよい人間関係が築いていけるはずもありません。
「こうあるべきた」「こうしなければならない」という思いはあります。でもそういう言葉を振り返ると息苦しさを感じてしまいますね。「こうありたい」「こうしよう」の方がラクに生きていけるように思えてきました。
自分が正しいと思ったことは、自分でやればいいし、それを相手に押し付けてはいけませんね。自分の言動に反省ばかりです。