2015年11月3日(火) 412/1000
<掛け替えのないもの>
皆さんおはようございます。
致知11月号
「子供たちに伝えたい日本人の心」 対談 その5
東洋思想家 境野勝悟氏
ことほぎ代表 白駒妃登美氏
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(白駒)
あなたたちの命は、この世にたった一つだけの、本当に掛け替えのないものです。でも、その掛け替えのない命にかえてでも守りたいものを人間は持たなくてはいけません。掛け替えのないものを持てば、そのために命を使おうと思うから、くだらないことで命を落とせなくなりますよね。
そして、自分にとって掛け替えのないものが見つかれば、他の人にも掛け替えのないものがあることが分かります。その人たちにも掛け替えのないもののために命を使わせてあげようと思ったら、人の命も大事にできますね。
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命は誰のためのものだろうか。勿論、私のものと断言できる。しかし、私だけのものと考えてしまえば、本来の力が発揮されない。両親から頂いた命、またその両親は、それぞれ両親がいるわけです。命とは子々孫々と受け継がれてきたものと考えれば、与えてくださった命を無用に捨てることはでいない。
命を大切にすることは、何かの目的、使命のために使いたいと思うわけです。しかし中々、「俺の使命は、これだ!」というわけにはいかないので、命を時間と考え見てはどうだろうか。
生きることは時を刻むことであり、それはいずれ終わることであることを認識すべきである。だから、心を高め自己成長することに時間を使っていくことが大切であるように思うのです。休みの日にゴロゴロしてはいられない。
致知11月号に
魚・水を離るれば、則ち鱗(うろこ)枯れる。
心・書を離るれば、則ち神索(さび)し。
魚が水から離れると鱗から枯れて死んでしまう。
心が聖賢の書から離れてしまえば、薄っぺらなさびしいものになってしまう。と説いています。
聖賢の書、つまり人格の優れた人物の本を読むことは成長する上でとても重要なことだと思うわけです。自己成長し人間的度量が身につけば、心の底から掛け替えのないものが見つかるような気がしております。