2015年10月20日(火) 398/1000
<謙虚な自信>
皆さんおはようございます。
二宮尊徳(二宮金次郎)氏の7代目子孫 中桐万里子氏と座談会 その10
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観察というのは、卑屈ではなく「謙虚な自信」をもっている人が観察力がある人だと思っています。世界への謙虚さがないと、聞く耳や見る目ができないもの。
傲慢であると聞こえるものも聞こえず、見えるものも見えない。自分が発信者になりきっているので受信ができないもの。
世界や相手に対する関心や興味がないと冷静に観察ができないもの。同時に自分の存在自体が脅えていると、変な色眼鏡が入り受入れられないものでもあります。
「そんなことでは揺るがない!」という自分に、そこそこ自信がないと観察もできないものです。呑み込まれてしまいます。
溺れるでもなく、流されるでもなく、飛び込むという観察。
観察は巻き込まれない強さがいります。
入り込み過ぎてもダメですし、その場にとどまっている力、独特の距離感がいります。
傲慢でも見えない、卑屈でも見えない。謙虚な自信です。
それが観察力です。
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何千人もの成功している経営者を見て来て、共通していることが一つあると致知出版社の藤尾社長は言う。それは、「観察力」であると。
相手の様子、社内の空気、ほんの些細なことに気づく観察力。
上から目線であったり、傲慢であったりしたならば、情報は入ってこず何の変化、気配さえも気づくことができないのでしょう。まさに裸の王様になってしまう。
自分をさげすみ卑屈になってもだめ、自分を磨き続け、自分を信じ、おごらず、相手を素直に見ること、素直に周りを見ること、そんなことが大事なのでしょう。
「謙虚な自信」
人の話をよく聞き一度は受け入れること、人の良い所を見るということ、素直になること。なにより自分にも他人も大切にして、「相手を信じている」という、どっしりといられる心構えにあるように思えています。