2015年10月5日(月) 383/1000
<多くの人の意見を聞く>
皆さんおはようございます。
致知出版社
「現代に生きる二宮翁夜話」より引用 その10
中桐万里子氏著
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あらゆるものに「徳」がある、と金次郎は言います。
楽しいことや嬉しいことばかりでなく、苦しいことや辛いこともたくさん存在するのが現実です。傷のない、壁にぶつからない道のりなんて、現実には絶対にありません。それでもなお、いまここにあるもの、それらは出遭った傷や壁や悲しみを、たしかに乗り越える知恵と力をもち、あきらめず、挫けず、一歩を重ねてきた、そして重ねている・・・・・。そんな尊さをもつ存在だ・・・・・と言うわけです。
金次郎が言おうとした「徳」。それは単なる長所や美点ではないと、わたしは感じています。もっともっと凸凹をもつドラマであり、そんな数々のドラマをくぐりぬけることで培われてきたタフなパワーやきらめきをイメージするのです。
(中略)
悩みがゼロなんてひとが誰一人もいないという、当たり前の事実です。彼ら彼女たちは、みんなふつうに、それぞれの傷を抱え、それぞれなりに懸命に生きていました。
金次郎と同じように、私もまた、光だけ、長所だけ、美点だけ、成功だけ、喜びだけ・・・・・の現実なんてあり得ないと、そう体験しています。だからこそ、相手の光にばかりに目を奪われると見失う気がします。その光が、悩みだって辛さだっていっぱい味わいながら、それでも懸命に生きている
証としての「徳」であることを・・・・・。
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相手の短所、いやな所など相手のマイナス面についつい意識がいってしまう。自分の事は棚に上げて、実に良く見える。見えるということは、自分も知っているということ。
知っているということは、自分の内面に相手のマイナス面と同様なものをもっていて、今の自分は上手くコントロールできているに過ぎないと考えるのです。裏を返せば、相手のいい所に気づく人ことは自分にも同じよい内面をもっていることになるわけです。
どんな人にも長所、短所があります。それも同じ量だけ。だからみんな似たようなもんです。短所にフォーカスすると自分の意識まで負に引きづりこまれてしまう。長所を見ること、よい所を見ること。そんなことを意識すると相手を素直に受け入れることができるようになってくる。相手の考えていることも見えるようになってくる。
不思議である。
誰しも好きで短所をもっているわけではない。でも長所ばかりでは面白くない、味がない。いろんな人がおって、いろんな考えがある。だから面白い。
自分の考えと相反するものを排除しがちであるがそうではいけない。
それはまったく別の角度から同じものを見ているから見えるもの違うのである。だから、多くの人の意見を聞くこと。それが正しい判断をすることになると思うのです。