2019年1月22日(火) 1016回目
<お金の使い方>
代表的日本人(岩波文庫) 二宮尊徳より抜粋 その3
内村鑑三氏著
********************************************************************
藤沢に一人の米屋がありました。不作の年に高値で売って相当な財産を築いていましたが、あい次いで家族にふりかかる不幸のために破産に瀕していました。その親戚の一人が尊徳の親しい知人であったので、なくした財産の回復をはかるため、尊徳の知恵を借りにやってきました。尊徳は、個人的な利益をもくろむ人の相談には、いつもあまり気乗りがしませんでした。長い間のしつこい依頼に参り、しぶしぶ願いに応ずることにしました。その男の道徳上の診察を試みたところ、即座にただ一つ、不幸の原因のあることが判明しました。尊徳は語りました。
「回復法としては、今残っている全財産を人にほどこし、裸一貫で新規にまき直すがよい」
尊徳の目には、あくどい手段で獲得した財産は本当の財産ではありません。「自然」の正しい法則にしたがって、「自然」から直接与えられたものだけが、本当の自分のものなのです。その男の財産は、本来、自分のものではないから失ったのです。手もとに残っていたものも同じく「汚れた」財産であって、もう防ぎようがないのです。
(中略)
孔子の書物に「禍福は、向こうから訪れるものではなく、ただ人間が、それを招くものである」と記されているではありませんか。
********************************************************************
人を欺き得た金、法律に反して得た金は、結局は手元に残らないばかりでなく、周りの人を不幸にすると教えて頂きました。お金というものは、使い方で人を幸せにすることもできるし、不幸にすることもできる。使う人の考え方次第だというでしょう。
仕事で適正な利益を頂くことは、なんら恥ずべきことではないと、松下幸之助氏もおっしゃっています。暴利を貪るのではなく、きっちりと利益を頂き、その利益を正しく使っていくことを考えるのが大事であると思います。